今だからこそポケモン同人誌事件を正しく理解する試み
■前置き
この記事のフォーカスは「なぜ任天堂は件の同人誌を問題視し、その作者を告訴したのか?」に当てる。任天堂の複製権による告発についての妥当性、警察の対応についての妥当性、その他の話題についてはこの記事のフォーカスから外す。
■読んだページ
■なぜ任天堂は件の同人誌の作者を告訴したのか?
任天堂は、件の同人誌がポケモンのイメージを壊し、子供たちの夢を壊すから、との旨のコメントをしている。このコメントは新聞各紙が報じている。
■なぜ任天堂は、著作者人格権のひとつである「同一性保持権」ではなく、著作財産権のひとつである「複製権」によって告訴したのか? 当該同人誌がポケモンのイメージを壊すと言うのであれば、後者ではなく前者による告訴が妥当ではないか?
感情を持たない法人、特に営利企業(ここでは任天堂)が著作者人格権を行使することは、結局のところ経済的利益を確保するためと見なされ得、人格的利益の保護が目的の同法の趣旨から外れる。一方で、複製権による告発は既に判例があり、任天堂の目的が経済的利益の確保にあったのであれば、複製権によりその目的は十分に達成できたからではなないか、と考えられる。
■【ここから本題】究極的には経済的利益(要はお金)の問題なのか?
任天堂は営利企業であり、究極的に経済的利益の問題に行き着くのは当然である。つまり、その質問に情報量は無い。
むしろ、ここで考えなければならないのは、任天堂がポケモンというゲームによって【どんな価値を】【誰に】提供して利益を得ているか、である。
任天堂はポケモンというゲームにより、ポケモンを集め・育て、彼らと共に戦い・冒険し・成長する楽しさを提供している。その楽しさは、ペットを飼うこと、昆虫採集をすること、あるいは野山を駆け回ることの楽しさに通じるものがあろう。ここから、ポケモンの主な対象が子供、特に小学生であることは容易に想像できる。事実、ポケモンは『コロコロコミック』や『スーパーマリオスタジアム』などの子供向けメディアを通じて展開されてきた。
しかし、子供たちはおそらく、直接はお金を任天堂に落としてはくれない。実際に任天堂にお金を落としてくれるのは大人たち、特に彼/女たちの親であろう。お年玉やクリスマスプレゼントによってポケモンを手に入れた子供は多いのではなかろうか。筆者もお年玉によって初代ポケモンを手に入れた一人である。
ここにおいて、ポケモンに対する「イメージ」が重要になる。他の生命との触れ合いや冒険を通じた成長など、ポケモンに対してポジティブな(言わば「健全」な)イメージを、子供ではなく親に持ってもらって初めて、任天堂にお金が落ちるのだ。さもなくば親は子に言うだろう。「そんなゲームを買っちゃいけません!」と。
さて、件の同人誌――サトシがピカチュウをホテルに連れ込んで猥褻行為におよぶ――である。この同人誌を目にしたら、親たちはポケモンに対してどんなイメージを抱き得るだろうか。ネガティブな(言わば「不健全」な)イメージであることに疑いはない。親たちはそのようなゲームを子に与えることは無くなるだろう。その結果、任天堂にお金が落ちることも無くなるだろう。
おそらく、任天堂はこのような悪影響を懸念して件の同人誌の作者を告訴したのだと、私は考える。新聞報道によれば件の同人誌は郵送にて販売されていたとのことで、内容を目にできる人間は限定されていたはずである。それでも、まかり間違って件の同人誌が子供たちの親の目に触れてしまうことを、任天堂は恐れたのかもしれない。
なお、「件の同人誌によって【作者が直接的に大きな利益を得た】から、任天堂は作者を訴えた」というのは考えにくい。新聞各紙の報道によれば、件の同人誌はB5判で全30ページ(29ページあるいは32ページとする報道もある)。作者はこれを印刷所で300部刷り、1998年夏以降、おそらく1999年1月に逮捕されるまで、1部900円で120部を販売したとのこと。900円/部×120部=108,000円。作者が実際に同人誌を刷った印刷所がどこなのかは調べ切れなかったが、参考までに太陽出版を見ると、32ページのB5判同人誌を300部刷ると36,650円。差し引き108,000円-36,650円=71,350円。当時の印刷費が今とは異なることを加味しても、桁がひとつ違うことはないだろう。つまり、約半年間で作者が得た利益は人ひとりがせいぜい1ヶ月程度生きていける程度の利益であり、とても大きな利益とは言い難い。