男女間関係の所与性・第三者当然性・当事者当然性から来瀬ナオ・カザマアヤミ・志摩時緒作品を分析する試み

主に志摩時緒作品にスポットを当てて。

「男女間関係の○○性」の定義

  1. 所与性 — 当該関係が物語の当初から既に成立しているか否か
  2. 第三者当然性 — 第三者が当該関係を認めているか否か(要はクラス公認カップルに類するものであるか否か)
  3. 当事者当然性 — 当事者が当該関係を当然のものと考えているか否か(要は「僕たち・私たちつきあってます!」と臆面もなく言っているか否か)

来瀬ナオ・カザマアヤミ・志摩時緒作品の傾向

所与性第三者当然性当事者当然性
来瀬ナオ
カザマアヤミ強→中強→中強→中
志摩時緒

各要素とも、強いほど〈日常〉を描き得、弱いほどドラマを描き得る。来瀬はいずれの要素も強く、男女間関係の安定性(あるいは閉鎖性)を元にした〈日常〉作品を描いている。カザマは、近年の商業作品ではいずれの要素も弱い方向へ向かっており、作品のドラマ性を強めている(一方で、同人では仲良しリンレンを描くなど、作者の〈日常〉性は依然として残っている)。

志摩は、所与性と第三者当然性は強いが、当事者当然性が弱い。これは言わば「クラス公認カップルだが、当事者たる男子と女子は互いになかなか積極的にはなれないでいる」状態として作品に現れる。『7時間目の音符』の葉平・あずみの関係性や、ポップン同人作品のハヤト・ツララの関係性はここに相当する。(TODO:放課後プレイ同人作品の彼氏・彼女の関係性の分析)

志摩作品における男女間の関係性は〈日常〉性とドラマ性を効率的に両立させる。すなわち、強い所与性と第三者当然性によって〈日常〉性を、弱い当事者当然性によってドラマ性を成立させる。二人の関係を知る周囲から好機の目に晒されて照れ、しかし二人きりの時は互いに思い切って距離を近づける、などといった男女の言動を自然に描き得る。