観察者と被観察者の逆転が作り上げるドラマ性あるいは可笑しみ――「ひとみとコットン」「みもりろっくおん!」を例に
「ひとみとコットン」においては、基本的に 観察者=ひとみ、被観察者=着ぐるみさん である。ただし、着ぐるみさん(の中の人)は「ひとみに自身の正体を明かされることなく、ひとみを観察できる」という特権を持つ。この特権により、観察者と被観察者の力関係は即座に逆転し得る。着ぐるみさんを見続け・追い続けて疲れ果てたひとみを、「やれやれ」と言った表情で背負う着ぐるみさん(というシーンがあったと記憶している)。この「やれやれ」の中に、既に着ぐるみさん→ひとみの観察が込められているのだ。この一瞬の逆転に、私はドラマ性を見出す。
「みもりろっくおん!」においては、みもりと今野くんは観察者にも被観察者にもなり得る。みもりパートでは観察者=みもり、被観察者=今野くんであり、今野くんパートではその逆である。今作の可笑しみは、互いが互いを観察していることに気づいていないこと、そして互いの観察結果にズレがあることにより成り立っている。みもりはストーカー=絶対的な観察者と思いきや、そうとは知らず、今野くんにしっかりと観察されている。しかも、今野くんがみもりを観察する目は、みもりの友人・美月との「禁断の愛」である。(本当は、みもりは今野くんのことが大好きなのに!)