「キャラ見せ・緊張・緊張の緩和」試論――「起承転結」に代わる4コマの読み方

いわゆる「起承転結」の有名な例として、江戸時代の頼山陽の詩がある。

【起】京の三条の糸屋の娘

【承】姉は十六妹十四

【転】諸国大名は弓矢で殺す

【結】糸屋の娘は目で殺す

ところで、落語家の桂枝雀(あるいは哲学者のカント?)の言葉に「笑いは緊張の緩和から来る」というものがある。また、近年の4コマ漫画、とりわけ萌え系4コマの重要な要素に「キャラ」がある。このふたつを合わせた4コマ漫画の解釈系として、私は「キャラ見せ・緊張・緊張の緩和」というものを提案したい。

「キャラ見せ・緊張・緊張の緩和」の観点から先の詩を読むと次のようになる。

【キャラ見せ】京の三条の糸屋の娘

【キャラ見せ】姉は十六妹十四

【緊張】諸国大名は弓矢で殺す

【緊張の緩和】糸屋の娘は目で殺す

第一段と第二段で糸屋の娘の麗しさを見せる(京都三条は江戸時代の東海道の終着点であり、人が多く集まる場所であったわけで、そこに店を構える糸屋は当然大富豪であり、その娘たちが麗しかったことは想像に難くない、という前提も多分に必要ではあろうが)。第三段で糸屋の娘とは全く関係ないように見える「諸国大名」を挙げ、さらに命に関わる「殺す」という言葉により読み手を緊張させる。そして第四段で「殺す」という言葉に命に関わらない別の意味(=悩殺)を与えることにより、読み手の緊張を緩和させる。

第四段で「殺す」の別の意味が機能するためには、糸屋の娘の麗しさ――すなわち、糸屋の娘のキャラ――が読者に対して適切に提示されていなければならない。仮に、第一段が「そんじょそこらの糸屋の娘」だったら、この詩は台無しである。また、第二段が「姉は四十妹三十八」だったら、ウケる読み手は限定的になるだろう。